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■ パート1 能面師 小川玄洞氏との出逢い 墨江町囃子連には、お祭りに使用する多くの面があります。それらは、囃子連にて大切に受け継がれてきたものです。しかし、ときに激しいお囃子に乗って舞われる面ですので、ものによっては損傷も激しく、かなり前から保存や修復が考えられてきました。 |
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そうしたときに、メンバーの一人が、「囃子連の創設時には、太鼓などは高崎の方で購入してきた」という話をふと思い出します。高崎という地が、お祭り関係の備品などではそれなりの定評がある場所だという話も聞いたことがあります。そこで、いきなりのことではありますが、高崎市役所の観光課に問い合わせの電話を入れてみたのです。「高崎には、神楽面を彫ってくれるような人はいないだろうか?」 ときに、1997年の秋のことでした。 |
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初めて小川氏の工房を訪れた囃子連のメンバーは、その場で、能面の奥深さと小川氏の魅力にとりつかれてしまいます。「うちの面のことは、この人に頼みたい」。しかし、その工房に飾られている数々の能面につけられている価格は、そう簡単に手が出せるレベルのものではなかったのです。 |
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小川氏との出逢いから、墨江町囃子連では、「面」そのものに対する考え方や、その面をかけて踊る「舞」に対する考え方が次第に変わってきます。面を大切にし、舞について熱心に学び、取り組むようになっていったのです。それだけではありません。舞のレベルアップは、同時に、お囃子全体のレベルアップ、さらには、お祭りに対する姿勢にさえも影響を与え始めます。とくに若い世代の間では、その変化は顕著で、自分たちのお祭りのあり方を考えるようになっていったのです。 |
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